欲しいものと必要なものを線引きするーパタゴニア日本支社長辻井隆行さんに聞く、パタゴニア式プラクティスとは【前編】

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アウトドア好きのみならずとも、カッコいい世界的アウトドアブランドとして知られる「パタゴニア」。パタゴニアのすごさは、カッコよさだけではなく、アパレルに関わる企業であれば、思わず見て見ぬふりをしたくなる、世界の環境問題や人権問題に真っ向から取り組んでいるところではないでしょうか。

今回、パタゴニア日本支社支社長の辻井隆行さんに、前後編にわたり、パタゴニアの取り組みや私たち個人で取り組めるエシカルな問題について教えていただきました。

 

不必要なものは売らない、それがパタゴニアのビジネススタイル

パタゴニア東京・ゲートシティ大崎におじゃましました。

パタゴニア東京・ゲートシティ大崎におじゃましました

 

—パタゴニアといえば、「エコ」や「環境」に積極的な企業というイメージです。

企業がビジネスを営む理由はいろいろありますが、僕たちがビジネスをする大きな理由は「環境問題を解決する」ことなんです。

環境問題っていうと、地球や自然を守るっていう話になりがちですが、誤解を恐れずに言えば人間がこの地球上でこれから先、ほかの生物たちとやっていけるかっていう話だと思うんです。

そういう意味では、この先も人間が地球上で自然と共に暮らしていける世界を実現することがパタゴニアのゴールです。

ただし、これは僕が生きている間に解決しないかもしれないし、僕の次の世代でも解決できないかもしれない。ずいぶん先の話になると思います。

 

—具体的にはどのような取り組みをしているのでしょうか?

ひとつ目に目指していることは、お客様が必要とする「最高の製品」を作ることです。必要のない製品、もしくは短期間しか必要を満たさない製品を作ることは、結果として多くの廃棄物を生むことにつながり、環境的負荷も大きくなるからです。

二つ目は、ビジネスを行う上でのプラクティスすべての環境負荷をできるだけ低くするとともにに、サプライチェーンを含めた従業員の労働環境や人権に配慮する努力をすることです。

そうしたことを通じて、従来の資本主義のあり方を変容させたいと考えています。今までの常識とは違うやり方で成果を上げることで、関心を持ってもらったり、インパクトを与えていく。

同時に、不必要な開発などによって環境が壊されて取り返しがつかなくなりそうなことがあれば、直接的な支援や活動も行っています。

 

—「パタゴニアらしさ」はそこにあるんですね。環境について会社単位ではなく、個人でできることは何だと思いますか?

パタゴニアはいわゆる4つの「R」、リデュース(削減)、リペア(修理)、リユース(再利用)、リサイクル(再生)を推進することで、新しい世界をリイマジン(再考)しようと提案しています。

この「R」の順番はとても重要で、中でも「リデュース」は一番最初に来るべきだと思っています。

そのためには、一人一人が欲しいものと必要なものの線引きを考えることが大切です。

 

—その線引きは意外と難しそうですね。

ある環境の専門家に、環境問題に真剣に取組むのであれば、アウトドアスポーツは辞めるべきではないかと言われたことがあります。車に乗って、山に行って、何がアウトドアスポーツだって。確かに矛盾していますよね。

だからいろいろと考えました。その時に思ったことは、自然と接点を失った人間が、自然のことを尊いと考えるのは難しいのではないかということです。アウトドアスポーツの意義は、そういうところにもあるんではないかと。

そう考える僕にとっては、山登りのジャケットとか雪山を滑るためのスノーボードの道具は大切なものなんです。

必要か必要じゃないかという線引きは、一人一人が違っていいのではないかと思います。人それぞれ大切にしているものが違いますから。

でも、例えば、去年スノーボードのウェアを買ったのに、今年また色違いが欲しいと思った時に、もう一度考え直すといったことは大事だと思います。そういうことの積み重ねで、まだ使えるジャケットが箪笥の肥やしにならなくてすむし、不要なものが作られなくなる。

自身の中で、必要なものと必要じゃないものの区別を考えて消費することが、個人でできる一番のことではないでしょうか。

 

—「リデュース」が浸透すると、なかなか新しいものを買ってもらえなくなりますよね。事業自体はどうやっていくのでしょうか?

当然の疑問ですよね(笑)。

ある時、パタゴニア創業者のイヴォン・シュイナードが大勢の従業員の前で「コットンは問題だ」という発言をしました。オーガニックコットンだろうが何だろうが水を大量に使うからコットンは問題だ、と。実はコットンのTシャツを1枚作るのに、約2000リットルも水を使うんです。

 

—それは知りませんでした。ただ、そうは言っても着るものも必要です。

アパレルマーケットは、日本だけでも10兆円にもなります。これだけのものが消費されるんだったら、もの作りの背景が見えないものではなく、背景がわかっている製品が売れたほうがいい

例えば、オーガニックコットンで、労働環境にも配慮していて、人権にも配慮しているものの方が、そうでないものよりも人類全体にとって持続性があるはずです。

囲碁に例えれば、自然環境や人にあまり配慮がされていない黒の石を、エシカルな白の石に返していくようなことが行われるべきだと感じています。

一方で、いくらエシカルなものでも、マーケットが無制限に広がっていくのは問題です。資源には限りがあるからです。

だからこそ、無駄な消費を減らすという全体的な努力は必要だと思います。

 

—そのため何をする必要があると思いますか?

例えば、年間に数十万円も買ってくれるお客様はロイヤルカスタマーと呼ばれたりしますよね。でも、これからは、年間の購入額こそ少ないけれど、会社の理念を広めて、新しい知り合いを大勢お店に連れて来てくれるようなお客様を増やしていく。そうした価値の転換が必要なのだと感じます。

「せっかく自然が好きで、アウトドアスポーツをやるんだったら、環境負荷の低い製品のほうがいいんじゃない?」っていうことを知り合いにも広めてくださって、そういう新しい仲間を紹介してくださる、多くの方々とそんな価値の共有ができたら素晴らしいですね。

垂直方向でなくて、水平方向のマーケティングと呼べるのかもしれません。

同じ人に毎年新製品を買ってくださいとお願いするのは、大きな矛盾を感じます。だから、新しいファンを増やしていくことが大事になると思います。

 

お客様にパタゴニアのことを理解してもらうための社員教育とは。

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—環境や人権に配慮すべきということは頭ではわかるけれど、お金がかかるし、何を買ってもいいじゃない……という人も意外と多いと思います。パタゴニアの直営店ではそこをどう説明しているのでしょうか?

環境にいいから買ってくださいとは言うべきではないし、全面に出してもいけないと考えています。

僕たちのミッションには、最高の製品を作ることが最初に掲げられています。だから、使う方がアウトドアで求める機能が満たされているものをご提供することが大事です。例えば、環境にはいいんだけど、ちょっと寒いジャケットがあったとしたら、結局は使えなくてゴミになりますよね。

パタゴニアでは、いつお使いになるんですかとか、どこか行かれるんですかとか、お客様から細かくお聞きするようにしています。旅行に持って行くということであれば、シワになりにくいものをお勧めしたりすることができますから。

お客様に何回かご来店いただく度に、スタッフにいろいろとお話しくださるようになりますよね。例えば、「パタゴニアってなんで袋くれないんですか?」とか。そうやってだんだん環境とか社会的な話になっていく。順番が大事なんだと思います。

 

—来店する度にパタゴニアを知っていく感じですね。パタゴニアも取り組んでいる「オーガニックコットン」もだいぶ浸透したように感じますが、実際はいかがでしょうか?

96年からずっとオーガニックコットンを使っていますし、講演会などでも毎回お話ししています。「もういい加減、オーガ一ニックコットンのことは知ってますよ」と言われるかと思いきや、まだまだご存知ない方も多くいらっしゃいます。

オーガニックコットンの生産量はコットン全体の1%未満だとか、日本のコットンはほぼ100%輸入に頼っているという話にショックを受ける方も多いですね。

 

<パタゴニアのオーガニックコットン100%への取り組みを動画でご覧いただけます。>

 

—オーガニックコットンも市場としては、まだまだやりがいがありそうですね。パタゴニアはたくさんのことに取り組まれていますが、社員の方たちはそれをどのように共有しているのでしょうか?

そもそも採用の時から、アウトドアスポーツや自然が好きで、環境問題にも関心があるような、同じバリューを持っていることを重視しています。

アウトドアスポーツに関して言えば、うまいかどうかが問題なのではなくて、時々山に行きたくなるとか、自然の中で過ごす時間を大事にしているとか、もしくは自分はできないけれどそういう人を応援したいとか、同じ価値観を持っていることが大事です。そういう前提があるから、パタゴニアの取り組みを共有しやすいんだと思います。

例えば、シーズンごとの戦略や戦術については、グローバルのアセットを日本語化して、トレーニングを行ったり、OJTで共有したりします。そうしたものも含めて、トレーニングに対する時間とお金はかなり使っていると思います。

 

—トレーニングは具体的にはどのようなことをするんですか?

入社直後だと、数日間、トレーニングを受けて、ヒストリーやフィロソフィーを学びます。販売部門は、シーズンの度に、プロダクトトレーニングを行っています。まず、基礎知識を学ぶためのベーシックトレーニングを受けて、次シーズンからは、最新の機能やデザインについて学びます。

週1回のパートタイムスタッフもフルタイムスタッフも、同じように受けてもらって、わからないことは先輩スタッフが助けるというような仕組みです。

 

—その他に共有方法はありますか?

環境問題については、国内の直営22店舗それぞれに環境担当のスタッフがいて、実際に問題を抱えている現場を訪ねて、そこで見たり学んだりしたものを各ストアで共有してもらうようにしています。

それから、社員が好きなスポーツに打ち込めるような環境を整えることも大事だと考えています。例えば、どの製品をお勧めするべきかを考えるにもアウトドアでの経験は大切ですし、お客様もそういう話を楽しみにしてくださっています。

そういう意味では、社員がアウトドアスポーツを楽しむということは、休みに自分でお金を払って、研修してきてくれるようなものかもしれません(笑)。

 

—なるほど。パタゴニアの直営店スタッフの方は、みなさん爽やかで、タイプが似ているような気がします。

ありがとうございます。ただ、アウトドアが好きな方にとっては良い雰囲気だと思いますが、一方で、とても入りづらいというフィードバックを受けたりもします。そういう意味では、もっと多様性が必要だと考えています。

例えば渋谷店には、年配の女性スタッフがいるんですが、そのおかげもあって同年代の方にもご来店いただけています。

 

—ところで、今年の夏に発表したパタゴニア・デニムのキャッチフレーズは斬新でしたね!

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画像:パタゴニア

はい、最初に聞いた時は、攻めるなーと思いましたね(笑)。

 

—「デニムは汚いビジネスだから」という言葉が伝えたかったことは?

もの作りって、100年ぐらい前だったら、誰がどうやって、どういう想いで作ったかということは、大体はわかっていたと思うんです。

ところが、今ではわからないことの方が多いですよね。コンビニに行って、カレーパンを買う時に、「このパンに使われている小麦粉はどこで誰が作ったんですか?」ってレジの人に聞いたら、嫌な顔をされますよね(笑)。

でも実は、そうしたことがいろいろな問題の大きな要因であることをわかりやすく伝えていくことが大事だと思っています。

誰もが、わざわざお金を払って無自覚に「知らない誰か」を傷つけたいとは思っていないはずです。多くの場合、製品が自分の手に届くまでの複雑なサプライチェーンを知ることは難しい。

自分とサプライチェーンの間には、分厚いカーテンのようなものがあって、そのカーテンを開けて向こう側をちらっと覗いてみたら、かなりひどい状態だった。こんなひどいことをやっているものに大切なお金を使いたくないと感じる人は多いのではないでしょうか。

僕自身もそんな風に考えるようになりました。大学生の時は、そんなことを考えたこともなかったですし、パタゴニアに入ってからもそこまで全体像を見ようとしたことはなかったかもしれない。

支社長になって「自分が伝えるべきことはなんだろう?」とか、「何を解決すべきだろう?」というようなことを深く考えるようになって、自分の価値観も変わってきました。せいぜいここ7、8年のことかもしれません。

個人的には、どちらかというと以前より、倫理的に作られたものを意識するようになった今のほうが、充実感があります。例えばワインを買うときにも、作り手のストーリーがあるオーガニックのワインを買ったほうが気持ちいいですし、これを作るのに苦労したんだろうな、とか考えながら飲んだりするのも楽しいです。

そういう自分の変化もあって、生産の背景や過程を開示することはこれからより大事になると思っています。社会という視点からすれば、そうした情報を開示することで、初めて正当な競争が起きるのではないかと思います。

 

—市場における正当な競争が買う人の価値観を変えることにつながりそうです。

今の若い人たちの中には、間違ったことはしたくない、公正な社会で生きていきたい、というような価値観が生まれているように感じますし、社会全体がそういう方向に向かう時代になってきているような気がします。

僕たちは、今、ダムに関する問題にも取組んでいますが、ダムが次々に建設された時代には、その時代の社会的要請があったはずです。今の視点だけで見て「なんでこんなことしたんだ」って言うのは簡単です。

僕の父は昭和8年生まれなんですが、戦後70年を機に子供時代のことを書いた文章をメールで送ってくれたんです。どんな疎開生活を送っていたとか、終戦をどうやって知ったかとか、学校でどういう教育を受けたとか。そういう時代には、やっぱり戦後の復興が社会の重要課題になるし、そこではスピードや効率が優先されるから、身の回りの短期的な成果が重要視される。だから、環境問題とか生産国での労働環境の問題とか、そういうことの優先順位は下がってしまう。

そういう努力のおかげで日本が経済的に豊かになった中で、今度は、平等とか、公正さとか、地球規模の問題だとか、そういうことに考えが及ぶようになった。そういう時代背景もあって、環境への配慮とか、フェアトレードといった考え方のニーズが必然的に高くなると思うんです。

今までは安くて機能的であれば良かったかもしれませんが、これからは、環境にも人にも正しくて、気持ちよく、何の引け目もなく購入できるものが求められる。今すぐに全てが変わることは難しいかもしれませんが、数十年もしたらこうした問題をめぐる状況もだいぶ変わるんじゃないでしょうか。

 

—今回のパタゴニア・ジーンズですが、水の使用量を84%も減らしたそうですね。これは、相当なことだと思うのですが、どのようにして水やエネルギー使用量を減らしたのですか?

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画像:パタゴニア

そもそもジーンズには、染色のために洗いをかける工程がたくさんあります。パタゴニアはその工程を半分以下に減らすことで、従来比で水の使用量を84%削減できました。工程の全体的な見直しによって、水だけではなくエネルギーの使用量、Co2排出量も削減しています。

 

—洗い加工やビンテージ加工も一切していないんですね。

行っていません。こうした加工を行わなくても、染色だけで仕上がりの色合いをコントロールすることができます。

洗い加工やビンテージ加工も環境に配慮した方法が考案されてきてはいますが、新品でありながら使い古されたような風合いや色を出すために多量の水とエネルギーを使うのが現状です。

加えて、パタゴニアのデニムは定着率の高い合成染料を使うことで、染料につける回数と染色後の洗いの工程を省略しています。使用する水の量や環境負荷と、従来のインディゴの使用を天秤にかけた時、今回の染料を使ったほうがいいだろうという結論になったんです。

(後編につづく)

 

後編は、なぜパタゴニアが長崎県と佐世保市が推し進める石木ダム建設に反対する団体を支援しているのか、そこから見えてくる環境問題とその未来について伺っています。

後編はこちらからご覧いただけます。

パタゴニアが長崎県石木ダム建設反対活動を支援する理由ーパタゴニア日本支社長辻井隆行さんに聞く、パタゴニア式プラクティスとは【後編】

 

Patagonia

www.patagonia.com/japan

 

辻井隆行 Takayuki Tsujii

アウトドア用品のパタゴニア日本支社長。東京出身。早稲田大学教育学部卒業後、日本電装(現デンソー)に入社。早稲田大学大学院社会科学研究科修士課程(地球社会論)を修了。大学院修了後、シーカヤック専門店「エコマリン東京」に入社。アウトドアスポーツに魅了され、国内外を回る。パートタイムスタッフとしてパタゴニア 渋谷ストアに勤務。その後正社員となり、パタゴニア鎌倉店勤務、マーケティング部勤務、ホールセール・ディレクター(卸売部門責任者)などを経て日本支社長に就任。